2023/11/15 19:49


『雲のうえ』という北九州市が発行している情報誌をご存知だろうか。第一号の発行が2006年だからもう17年も続いている伝説的な地域情報誌である。当時、会社勤めだった僕は、なんて面白い冊子があるんだと衝撃に思ったことをよく覚えている。その冊子の編集長をしているのが小倉(北九州市)生まれの画家・牧野伊三夫さんである。

今、僕は縁あって牧野さんと音楽家のharuna nakamuraさんとともに一つの歌を作っているのだが、滞在制作だの打ち合わせだのと都合の良い名目をつけては、宴を重ねている。唯一、その時間で他の宴と違うことは、僕と牧野さんが食事を作ることだろう。寝るギリギリまで呑んでいたいがための自炊なのだが、台所にみんなで立って調理や洗い物をする時間もまた関係が深まり、不思議と家族のような一体感が生まれて大切にしている時間でもある。

牧野さんとの宴の中で欠かせないのが「うずら卵」である。小倉生まれの牧野さんが、僕の故郷である豊橋市(愛知県)の名産が好きなのが嬉しかった。ちなみに牧野家の献立に「豊橋」というメニューがある。たまたま、全部が豊橋産だったことから生まれたこのメニューはヤマサのちくわ、うずら卵、大葉を一皿に盛った肴である。うずらを茹でて殻を剥き、ちくわを適当に切って小皿に盛り付ける。そこに刻んだ大葉をのせて完成。なんとも酒呑らしいメニューで、僕も好きな食べ方になってしまった。

そして、牧野さんと一緒に一番作っているのが「鳥鍋」である。もちろん、ここにもうずらが登場する。もはや我々は、うずらの友といっても過言ではない。まずは鍋に水を入れて、蓋をしてぐつぐつと沸騰させる。具は鶏肉と葱のみ。昆布や鰹節などで出汁もとらない。鶏肉の部位は好みだが、もも肉とつくねが多い。茹でた鶏肉を大根おろし、うずら卵、醤油で食べる。薬味は七味か山椒、柚子胡椒などで。この極めて簡単な鍋が、素晴らしく美味しい。一度、家で鳥鍋をする際にうずら卵が売り切れてなかったために、普通の卵でやってみたが、全然駄目で、鳥鍋をつくる際には必ず、うずら卵を使って欲しい。酒も進み、いつの間にか鍋の水が半分ぐらいになったところでラーメンを作る。残った鳥鍋の底のこげをこそぎ取り、水を足して多めの生姜と少しのニンニクをすって入れ、醤油とたまり醤油、酒、ごま油を入れてスープの完成。別の鍋で麺を茹でる。麺が硬い方が好きなため、多めのお湯で30秒ほど麺を茹でてから鳥鍋のラーメンスープに入れる。薬味葱を加えたら、一日を〆くくる最高の一杯ができあがる。一年の中で、僕が一番食べる鍋がこの鳥鍋である。

もともとは湯島(東京都台東区)の「鳥栄」さんの鳥鍋の食べ方なのだが、残った出汁でラーメンにしてしまうのが牧野さんらしい。
忙しい毎日の時間の中で、鍋の水が半分になるまで気づかずにくだらない話ができる関係に感謝したい。

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写真・文=鈴木孝尚(16 Design Institute)